「もう、この生活は無理かもしれない」
夫との生活に疲れて、私は何度もそう思っていました。
家事や育児を一緒にしてほしいと伝えても、なかなか変わらない。
話し合おうとしても、うまく気持ちを受け取ってもらえない。
「このままずっと一緒に暮らしていくのかな」
そう考えると、離婚という言葉が頭をよぎることもありました。
でも、娘と二人で生活していく自信もない。
仕事はどうする?
お金はいくら必要?
本当に一人で育てていける?
考えれば考えるほど不安になって、私はどちらにも進めずにいました。
この記事では、夫との生活に限界を感じながらも、離婚する自信がなかった私が、少しずつ「自分はどうしたいのか」を考え始めた頃のことを書いてみます。
夫との生活に「もう無理かもしれない」と思っていた
家事や育児を一人で抱えることにも疲れていました。
でも、私が一番しんどかったのは、忙しさだけではなかったのだと思います。
困っていることを伝えても、うまく気持ちを受け取ってもらえない。
一緒に考えたいのに、同じ方向を向いているように感じられない。
家事や育児が大変というよりも、夫婦なのに一人で生活を背負っているような感覚が、私にはつらかったのです。
「私は、この生活をいつまで続けるんだろう」
そんなことを考えるようになり、いつしか、頭の中に「離婚」という言葉が浮かぶようになりました。
転勤のたびに「もうついていかない」と言いたかった
夫との間で何か問題が起きても、きちんと話し合えないまま終わることが何度もありました。
気持ちを伝えても、うまく受け取ってもらえない。
何も解決していないのに、時間だけが過ぎていく。
そんなことを繰り返すうちに、
「この人と、この先もずっと一緒に暮らしていくのかな」
と思うようになりました。
転勤族だった我が家では、数年に一度、夫の転勤で引っ越しをしていました。
転勤の話が出るたびに、私は何度も想像していました。
「もう、私はついていきません」
そう夫に伝えて、娘と二人で暮らす自分を。
だけど、実際には言えませんでした。
夫との生活を続けることには疲れている。
それでも、娘と二人で生活していく自信もありませんでした。
仕事はどうする?
二人で暮らすには、いくら必要?
私一人の収入で、本当に生活していける?
離婚した後の生活を想像しようとしても、分からないことばかり。
だから私は、
「このままでは嫌。でも、今の生活を手放すのも怖い」
そんな気持ちの間で、ずっと立ち止まっていました。
離婚を考えても、その先の生活が見えなかった
「娘と二人で暮らす」と考えた時、まず頭に浮かんだのはお金のことでした。
二人で暮らすには、毎月いくら必要なんだろう。
養育費はいくらもらえる?
そもそも、本当にもらえるの?
仕事はどうする?
当時の私は専業主婦で、しばらく仕事から離れていました。
今から働き始めて、娘との生活を支えていけるだけの収入を得られるのか。
考えてみても、分からないことばかりでした。
夫との生活を続けるのはつらい。
でも、その生活を手放した先に、自分と娘がどう暮らしているのかも想像できない。
私が怖かったのは、離婚そのものというより、
「もし離婚したら、私たちの生活はどうなるんだろう」
という、その先が何も見えないことだったのだと思います。
だから、「もうついていかない」と何度想像しても、私はそこから先へ進めずにいました。
「離婚するか」ではなく、「私はどうしたい」を考え始めた
当時の私は、離婚すると決めていたわけではありません。
夫との生活を続けるのはつらい。
でも、娘と二人で生活していく自信もない。
どちらを選びたいのか、自分でもまだ分かりませんでした。
だから、すぐに答えを出そうとするのではなく、
「私はこれから、どうしたいんだろう」
と考えてみるようになりました。
それまでは、
「夫がもう少し変わってくれたら」
「もっと家族のことを考えてくれたら」
と、夫がどうするかばかりを考えていました。
でも、夫が変わるかどうかは私には決められない。
それなら、夫が変わることを待つだけではなく、自分がこれからどう生きたいのかを考えてみよう。
そう思うようになったのです。
すぐに離婚する勇気がなくてもいい。
まだ答えが分からなくてもいい。
まずは、自分と娘が二人で暮らすとしたら、どんな生活になるのか知ってみる。
仕事のこと。
お金のこと。
住む場所のこと。
分からないから怖いのなら、一つずつ知っていけばいい。
そうやって少しずつ、自分が選べる道を増やしていこうと思うようになりました。
「この生活はもう無理かもしれない」
そう思っていた私に必要だったのは、すぐに離婚するかどうかを決めることではありませんでした。
夫がどうするかを待つのではなく、自分がどう生きたいのかを考え始めること。
私にとって、それが自分の人生を取り戻していく最初の一歩だったのだと思います。


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