「おまけつきにするなら、ドリンクバーなしね」
ファミレスで娘が自分の食べたいものを選んだ時、私はほとんど考えることなく、そう言いました。
娘は「これがいい」と自分で選んだだけ。
それなのに私は、娘が選んだあとから条件をつけていたのです。
その時は深く考えていなかったけれど、娘が怒ったのを見て、
「あれ? 私、選ばせたつもりだったけど、結局自分が納得できるものを選ばせようとしてない?」
と気づきました。
子どもの気持ちを尊重したい。
自分で考えて、自分で選べるようになってほしい。
そう思っていたはずなのに、実際には私自身が口を挟んでしまうことがある。
この記事では、ファミレスでの娘とのやり取りをきっかけに気づいた、私の「選ばせているつもり」について振り返ってみます。
「おまけつきにするなら、ドリンクバーなしね」
娘と二人でファミレスに行った時のことです。
お子様メニューには、「おまけつき」と「おまけなし」があり、値段も少し違っていました。
娘はメニューを見ながら、
「これにする!」
と、おまけつきの方を選びました。
ドリンクバーをつけることは、最初から決めていました。
でも娘が「おまけつき」を選んだ瞬間、私はほとんど考えることなく、
「おまけつきにするなら、ドリンクバーなしね」
と言ったのです。
すると娘は、
「じゃあ、もうどっちもいらん!」
と怒ってしまいました。
その様子を見て、私は、
「あ、やってしまった」
と思いました。
娘はわがままを言ったわけではありません。
「どれにする?」と聞かれたから、自分が欲しいものを選んだだけ。
それなのに私は、娘が選んだあとから条件をつけていたのです。
私は「娘に選ばせた」と思っていました。
でも実際には、
自分が想定していなかったものを娘が選んだ途端、私が納得できる範囲に選択肢を戻そうとしていました。
もちろん、親として予算や食べる量を考えて、選択肢を決めるこもあります。
でも、それなら最初から、
「今日は、おまけとドリンクバーどっちかにしよう」
と伝えておけばよかった。
一度「自分で選んでいいよ」と渡したあとで、
娘の答えを見てからルールを変えたこと。
私自身、娘の反応を見て、
「選ばせたあとから条件を変えるのは違ったな」
と、気づきました。
子どもに任せることと、親が決めることを分ければよかった
この出来事から私が考えたのは、
「子どもの選択を尊重する=何でも子どもの好きにさせる」ではない
ということでした。
親として決める必要があることは、親が決めればいい。
予算だったり、量だったり、その日の状況だったり。
そのうえで、
「この中から好きなものを選んでいいよ」
と渡した部分については、できるだけその選択を尊重する。
私はそこを曖昧にしていたのだと思います。
親が決めたい範囲まで「選んでいいよ」と渡しておいて、気に入らない結果になったらあとから修正する。
それでは、「自分で選んでいいよ」と言いながら、実際には親が答えを決めることになってしまいます。
だから次からは、
私が決めることなのか。
娘に任せることなのか。
まず自分の中で分けてから選択肢を渡してみようと思いました。
もう一度、娘に選んでもらった
娘が怒っているのを見て、私は、
「ごめん、さっきの言い方嫌だったよね」
と伝えました。
そして、
「もう一回、最初から決めようか」
と、改めて一緒にメニューを見ることにしました。
今度は、娘が選んだあとから条件を足さない。
そう決めて、娘が選ぶのを待ちました。
すると、さっきまで怒っていた娘も落ち着いて、自分で選ぶことができました。
そして、
「お母さん、ありがとう」
と言ってくれました。
私はその時、
娘の言う通りにしてあげたわけでも、何でも好きにさせたわけでもない。
ただ、私が「ここは自分で選んでいいよ」と渡した部分について、娘が出した答えをそのまま受け取っただけでした。
それだけのことなのに、最初の私にはできていなかったのです。
次は選ばせる前に考えたい
今回のことで、
子どもに選ばせるなら、どこまで任せるのかを先に決めておくこと
が大事なのかもしれないと思いました。
例えば今回なら、
「おまけとドリンクバー、どちらか一つにしよう」
と思っているなら、娘が選ぶ前にそう伝える。
そのうえで、
「どっちがいい?」
と聞けばよかったのです。
親として決めることまで、全部子どもに任せる必要はない。
でも、一度「あなたが選んでいいよ」と渡したものなら、あとから私の都合で条件を変えない。
もしまた同じような場面があったら、
「私はどこまで娘に任せるつもりなんだろう?」
と、選んでもらう前に一度考えてみたいと思います。
今回の出来事で私は、
「子どもに選ばせること」と「子どもの選択を尊重すること」は、少し違うんだな
と気づきました。
「どれがいい?」と聞くだけなら簡単です。
でも、その答えが自分の想像と違った時にも、
「そっちを選んだんだね」
と受け取れるか。
私にとっては、そっちの方が大事なことだったのかもしれません。


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