私は、不機嫌になるのは夫のせいだと思っていました。
そう思うことで、自分と向き合わずに済んでいたのです。
でも実際には、言えなかった要求を溜め込んだまま、
不機嫌という形で伝えようとしていただけでした。
不機嫌=感情ではない
私はずっと、不機嫌は感情だと思っていました。
でも今思えば、それは感情ではなく、言葉にできなかった要求の代わりだったのです。
どうしてわたしは不機嫌になることを選んだのか。
自分の想いを伝えれば、相手の機嫌を損ねてしまう気がしていました。
嫌な顔をされなくなかった。
面倒な人だと思われたくなかった。
だから私は、要求を言葉にする代わりに、
不機嫌という形で「ここに私の思いがある」と伝えようとしていたのです。
それは感情ではなく、相手を動かすための行動でした。
言葉で伝える勇気はなかったのに、気づいてほしいという期待だけは、手放せなかったのです。
不機嫌になることで、何を得ようとしていたのか
「私は怒っている」と伝えたかったわけではありませんでした。
本当は、
私ばかり抱えていることに気づいて欲しかった
悪いのはそっちだとわかって欲しかった
少しでいいから申し訳なさを見せて欲しかった
つまり私は、「気づいて、態度を変えて欲しい」と期待していたのです。
しかし、実際に起きたのは・・・
謝罪でも協力でもなく、さらに重たい沈黙でした。
夫は黙り、私はさらに固くなる。
お互いに本音を言わないまま、何事もなかったかのように、日常を取り戻そうとするだけだったのです。
それでも私は不機嫌の方がずっと楽でした。
私はなぜ不機嫌をやめなかったのか
私は、自分の要求が間違っているとは思っていませんでした。
協力してほしいと思うのは当然だと思っていました。
でも、怖かったのです。
私が伝えたときの、
あの嫌々やるような返事。
納得していない態度。
「やればいいんでしょ」と言わんばかりの空気。
あれを、もう見たくなかった。
私は、断られることよりも、
嫌々やられることのほうが怖かったのです。
「言ったことをして欲しいのではなく、同じ側に立って欲しかった」
でもそれを求める勇気はなく、不機嫌という形でしか表現できませんでした。

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