夫が家事をしないのがつらい|私が苦しかったのは家事の量だけじゃなかった

夫婦の悩み

「どうして私ばっかり家事をしているんだろう」

夫が家事をしないことに、何度もイライラしていました。

お願いしてもすぐにはやってくれない。
困っていることを伝えると、不機嫌になる。

そのうち私は、お願いすることにも疲れていきました。

当時は、夫が家事をしてくれないから苦しいのだと思っていました。

でも自分の気持ちを振り返ってみると、私が本当に苦しかったのは、家事の量だけではなかったのです。

「この生活を私一人で背負っている」

そんな感覚が、一番つらかったのだと思います。

この記事では、夫が家事をしないことにイライラしていた私が、その苦しさの奥にあった気持ちに気づくまでを書いてみます。

家事は『やりたい人がやればいい』と言われていた

「やりたければ、やりたい人がやればいい」

結婚当初、家事分担について夫はそう言いました。

当時の私は、その考え方をそれほど深く考えていませんでした。

「綺麗にしたいのは私だし、じゃあ私がやろう」

そんなふうに思っていたのです。

だけど、一緒に暮らす時間が長くなるにつれて、

「一緒に生活しているのに、どうして私ばかりなんだろう」

とモヤモヤすることが増えていきました。

「手伝って」とお願いしても、面倒くさそうな態度をされる。

最初は笑って流していたことも、少しずつストレスに変わっていきました。

お願いしても、結局私がやることになる

子どもが生まれると、家事だけでなく育児も増え、

「私一人では無理だ」

と思うことが増えていきました。

ある日、夫に夜の食器洗いをお願いしたことがあります。

でも、なかなか洗ってくれない。

翌朝には朝食の準備もあるので、いつまでも待っているわけにもいかず、結局私が洗うことになります。

でも私にとっては、食器洗いだけの問題ではありませんでした。

夫がやらなければ、その分がまた私のところに戻ってくる。

洗われていない食器を見るたびに、そんなことにもイライラしていました。

気持ちを伝えることは、相手の不機嫌につながる

「食器が残っていると、朝の準備ができなくて困る」

そう伝えたこともありました。

すると夫は、

「どうせ俺がいけないんだ」

と不機嫌になる。

私は困っていることを伝えたいだけなのに、話すたびに空気が悪くなっていきました。

そんなことが続くと、

「私の伝え方が悪いのかな」

と思うようになりました。

伝え方を調べて、言い方を変えてみる。

それでもうまく伝わらない。

だんだん、話すこと自体に疲れていきました。

「もう言わないほうがいい」

そう思うようになり、私は少しずつ夫に頼ることをやめていきました。

でも、言わなくなったからといって、私の負担や寂しさがなくなるわけではありませんでした。


夫が変わらないのは、私の伝え方の問題ではなかった
「私の夫、いつか変わってくれるかも」そう期待していませんか。どうしたら変わってくれるかな。どんな伝え方なら響くかな。気づけば私は、ずっと相手に届く言葉を探し続けていました。「伝え方を変えれば、きっと変わってくれる」私は、そう思っていました。…

家事の量より「一人で抱えている感覚」がつらかった

夫が家事をしないことにイライラしていた私は、ずっと、

「もっと家事をしてくれたら楽になるのに」

と思っていました。

でも、自分の気持ちを振り返ってみると、苦しかったのは家事の量だけではなかったのだと思います。

家のことや子どものことについて話したくても、

「それは違うよね」

「なんで俺がするの?」

と返される。

困っていることを伝えれば空気が悪くなる。

そのうち私は、夫に話すことも、頼ることも減っていきました。

でも、話さなくなればなるほど、

「家のことも、子どものことも、私一人で考えている」

そんな感覚が強くなっていきました。

家事をしてほしいだけではなかった。

「大変だね」

「どうしようか」

そんなふうに、一緒に生活のことを考えてほしかったのだと思います。

家事の量そのものよりも、この生活を一人で背負っているような感覚が、私は寂しかったのです。

言うことを諦めて、「気づいてほしい」と思うようになった

話しても伝わらない。

頼めば不機嫌になる。

そんなことを繰り返すうちに、私は少しずつ言うことを諦めていきました。

でも、本当は諦められていなかったのです。

「もう言わない。でも、これくらい気づいてほしい」

いつしか、そんなふうに思うようになっていました。

家事がたまっていること。

私に余裕がなくなっていること。

子どものことで手いっぱいになっていること。

「一緒に暮らしているんだから、これくらい分かるよね」

そう期待していたのだと思います。

でも、夫は気づかない。

そして私は、

「なんで分からないの」

と、さらに苦しくなっていきました。

私は家事をしてほしいだけではなかった

私はずっと、

「もっと家事をしてほしい」

「自分から動いてほしい」

と思っていました。

SNSで、家事をする夫や子どもを公園に連れて行く夫の投稿を見ると、

「私もこんなふうに一緒にやりたかった」

と思うこともありました。

でも、自分の気持ちを振り返ってみると、私が求めていたのは、家事をしてもらうことだけではなかったのだと思います。

「こんなに家事があるんだよ」

「子どもと向き合うって、こんなに気力を使うんだよ」

そんな私の大変さを分かってほしかった。

そして、

「じゃあ、一緒にやろう」

と、同じ生活を一緒に回してほしかったのです。

だから夫が動かないたびに、私は家事が増えたことだけではなく、

「また私一人なんだ」

と寂しくなっていたのだと思います。

夫が変わることを待つほど、私は苦しくなっていた

私は、

「いつかやってくれる」

「いつか自分から動いてくれる」

と、夫が変わることを期待していました。

家事や育児を一緒にしたいと思うこと自体が、悪かったわけではありません。

でも私は、

「今度こそやってくれるかもしれない」

と期待しては、変わらない夫を見て、

「なんでやってくれないの」

と傷つくことを繰り返していました。

夫が動けば少し安心する。

動かなければ、イライラしたり悲しくなったりする。

気づけば私は、夫がどうするかに自分の気持ちまで左右されていたのです。

私が苦しかったのは、期待したことではなく、

夫が変わることを待ち続けていたことだったのかもしれません。


夫に期待しない=無関心?期待して苦しかった私が気づいたこと
何度伝えても変わらない夫に「今度こそ」と期待しては、イライラしたり悲しくなったりしていた私。夫に期待しないことは無関心になることではなく、「夫が変わるか」ではなく「私はどうしたい?」に目を向けるようになった体験を綴ります。

夫ではなく、「私はどうしたい?」を考えるようになった

私はずっと、

「夫が変わってくれたら楽になる」

と思っていました。

だから、伝え方を変えたり、お願いの仕方を変えたりしながら、どうしたら夫が動いてくれるのかを考えていました。

でも、何度伝えても同じことを繰り返すうちに、

夫がどうするかは、私には決められない

と思うようになりました。

だからといって、

「家事を一緒にしてほしい」

「大変さを分かってほしい」

と思わなくなったわけではありません。

寂しかったし、つらかった。

本当は一緒に生活を回したかった。

その気持ちは、今振り返っても否定する必要はなかったと思っています。

ただ、夫が変わることを待ち続けるのではなく、

「じゃあ、私はどうしたい?」

と、自分に目を向けるようになりました。

疲れているなら、どうしたら少し休めるだろう。

一人で抱えきれないなら、どうしたら負担を減らせるだろう。

夫がどうするかではなく、「私は今、どうしたいんだろう」と自分の気持ちに目を向ける。

そうやって少しずつ夫から自分へ意識を戻していくことで、以前よりも気持ちが楽になっていったのだと思います。


▼この記事は、私が自分を少しずつ取り戻していくまでを書いたシリーズです。順番に読みたい方はこちらにまとめています。

夫への期待を手放すまで|自分を取り戻すための記録【記事一覧】
「夫が変われば幸せになれる」と思っていた私が、自分に「私はどうしたい?」と問いかけながら、自分を取り戻していくまでをまとめたシリーズです。夫婦関係に悩み、自分を後回しにしてきた方へ。記事を順番に読める一覧ページです。

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