「期待するのはもうやめよう」
何度もそう思っているのに、また期待してしまう。
「言えばきっとわかってくれる」
「今はやりたくないだけよね」
そうやって自分を納得させて、
同じことが起きる。
子どもがぐずっても視線の先はスマホ。
こちらが言わないと動かない。
その度に
「また同じこと言うの?」
「いつも私ばっかり」
「もう疲れたな」
そうやって、少しずつ気持ちをすり減らしていませんか?
私は結婚してから10年ほど、同じことを繰り返していました。
なぜ人は期待してしまうのか
私はずっと、「言わなても気づいてほしい」と思っていました。
子どもがぐずった時くらいはスマホをおいてほしい。
自分も生活する家なんだから、
自分から「掃除しとくね」、「ゴミ出しとくね」と言ってほしい。
だけど、現実は私が言わないと動かない。
その度に、
「この前も同じこと言った」
「なんで私がやらないといけないの」
そうやって何度もイライラしていました。
私は、
- 子どもを大切に思っていた
- 家族で協力することを大切にしてきた
だからこそ、
「同じように大切にしてくれるはず」
と期待していたのです。
人は、自分にとって大切なものほど、相手にも同じように大切にしてほしくなる。
だから期待してしまうのです。
苦しくなる本当の理由
期待すること自体、悪いことではありません。
ただ、
「期待すれば叶う」
という前提があると、自分を苦しめてしまいます。
私はなかなかこのことに気づかず、期待して傷つくことを何度も繰り返していました。
▼「期待を手放すってどう言うこと?」って思われた方は、こちらのリンクで詳しく書いています。

私がやったこと
私はまず、イライラした時、
「何に期待していた?」
を探すようにしました。
例えば、子どもがぐずっているけど、夫がスマホを見たまま動かない時。
以前の私は
「なんで気づいてくれないの」
「少しは関わってよ」
と、感情だけでいっぱいになっていました。
でも、一度立ち止まって考えてみる。
「私は今、何を期待していた?」
そうやって期待に気づけるようになると、
私はずっと
相手を動かすことばかり考えている
ことに気づいたのです。
でもその一方で、
- 自分はどうしたいのか
- どう行動するのか
そこはちゃんと考えられていませんでした。
それでも期待してしまう日はある
大切に思う気持ちがあるからこそ、相手にも
「こうしてくれたら嬉しいな」
と思うこともあると思います。
だから、また期待してしまう日があってもいいのです。
ただ、
期待していることに気づかないまま相手を責めると苦しくなる
私はそう感じています。
だから、
「今、何に期待していた?」
を自分に問いかけるのです。
相手が変わるかどうかは自分では決められません。
だけど、私が期待していることと、自分がどうしたいかは、自分で気づいて、決めることができます。
相手は変えることができません。
「私はどうしたい?」
そう考えることは、
いつでも自分で選ぶことができます。

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