夫と結婚して10年。
私はずっと夫に「いつかわかってくれる」と期待し続けていました。
だけど、いつの間にか夫が何をしても気にならなくなっていました。
「もう好きにすればいい」
「私は私で、子どもと楽しく過ごすから」
夫が何を考えているのか、以前のように聞こうともしなくなりました。
私は、夫に無関心になっていたのです。
期待し続けた末に、夫婦でいること自体を諦めていたのだと思います。
それでも私は、いつかわかってくれると期待していた
結婚当初から私は、
「この人とはいつか離婚する」
そう思っていました。
理由は、感情的になると手を上げることがあったからです。
それでも私は関係をよくしようとしていました。
「話せばいつかわかってくれる」
「今は難しいけど、夫婦ならいつかチームで動けるようになるはず」
そう期待して、ときには自分が我慢すればいいと思うこともありました。
だけど、何度話しても、夫婦で一緒に考えたり、決めたりする関係にはなれませんでした。
例えば、私が働き始める前のこと。
当時、夫にはお小遣いがありましたが、私にはありませんでした。
私も働き始めたら自由に使えるお小遣いがほしいと伝えると、夫は「働いたらね」と答えました。
だけど、実際に働き始めると「家族カード(クレジットカード)があるから」と、お小遣い制にはしないと言われました。
こうやって、一度話したことが後から変わってしまうことが何度もありました。
「私が期待するから?」
「伝え方がいけなかった?」
「私が夫を変えようとしていたから?」
私は、夫をどうにかしようとしていた自分に気づきました。
それなら、自分の考え方を変えてみよう。
そう思って行動してみました。
だけど、夫婦で話し合って決めたいという私の願いは、かなわないままでした。
そんなことが積み重なり、私は次第に「この人に話しても無駄なんだ」と思うようになっていきました。
▼夫に期待していた時のことはこちらに書いています。

夫がどうしたいのか、もう聞かなくなった
ある日、私がちょっとしたお願いをしたとき、夫に突き飛ばされることがありました。
「この人とは冷静に話もできない」
そのとき、私は一気に気持ちが冷めたのです。
これまでの私は、夫が何を考えているのか知りたくて、
「こうしてみようと思うけど、どう思う?」
「子どものことなんだけどね」
と、その都度相談したり、考えを聞いたりしていました。
だけど、もう夫が何を考えているのか、知りたいと思わなくなりました。
「好きにすればいい」
そう思って、私は夫に何も聞かなくなりました。
無関心になっても、楽にはならなかった
この頃の私は、夫に何も期待していませんでした。
夫が何をしようと、どこへ行こうと気にならない。
夫に対して、何の感情も湧かなくなっていました。
仕事から帰って家事も育児もすべて私がしていても、
「そんなの日常」
とさえ思うようになっていました。
だけど、夫に期待しなくなったからといって、楽になったわけではありません。
夫に何も求めなくなっても、この先も夫婦として暮らしていきたいとは思えなかったからです。
「これから私はどうしたい?」
そう自分に問いかけたとき、出てきた答えは、
「もう離れたい」
でした。
期待を手放すことと、諦めることは違う
このとき、「この人とはいつか離婚する」と思っていたことを、本格的に考えるときが来たんだなと思いました。
私は、家族としてチームで動きたいと思っていました。
だけど、夫とは考え方が違っていました。
考え方が違うこと自体は、悪いことではありません。
問題だったのは、その違いを落ち着いて話し合い、お互いの考えを擦り合わせることができなかったことです。
私はずっと、夫がいつかわかってくれることを期待していました。
でも、期待がかなわない経験を繰り返すうちに、夫に何かを伝えることも、夫の考えを聞くこともやめてしまいました。
だから私は期待を手放したのではなく、夫婦でいることを諦めたのだと思います。
期待を手放すとは、相手の考えと自分の考えが違うことに気づいて、「それで私はどうしたいか」と自分に視点を戻すことだと思います。
相手の考えを理解することと、すべてを受け入れることは違います。
だからこそ、相手を変えようとするのではなく、自分はどうしたいのかを考える。
今の私は、それが期待を手放すことなのかなと思っています。
▼自分に目を向けることで、期待しないことと無関心になることの違いに気づきました。そのときのことはこちらに書いています。


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