夫のために先回りするのをやめた|家事の負担は減ったけど、心は苦しかった

子育て

夫のためにしていた家事をやめたら、夫が不機嫌になった。

「意地悪だったかな」
「やっぱり私がやったほうがよかったかな」

そんなふうに、自分の選択に迷ったことはありませんか?

私は「よかれ」と思って夫のためにやっていた家事を、少しずつやめてみました。

すると、家事の負担は減りました。

だけど、夫は不機嫌になり、私は自分の決断に自信が持てなくなりました。

この記事では、夫のために先回りしていた家事をやめたとき、私が経験したことや、その後の気持ちの変化についてお話しします。

夫のためにすることが、いつの間にか当たり前になっていた

結婚当初、私は県外への引っ越しを機に仕事を辞め、家にいました。

夫がスムーズに仕事に出られるように、困らないようにと、先回りして身の回りの世話をしていました。

相手のために何かをするのは嫌ではなかったので、私にとっては自然なことでした。

だけど、子どもが生まれ、私はだんだんと余裕をなくしていったのです。

夜中も眠れない中での朝ごはんの準備。

夫が使ったものの片付けや掃除。

毎日の食事の用意。

それまで当たり前のようにしていたことが、少しずつ負担になっていきました。

感謝されるわけでもなく、労いの言葉があるわけでもない。

私はこのとき、自分がしていることを、夫にとっての「当たり前」にはしてほしくなかったのだと気づきました。

そして、私自身も仕事を始めると、夫のために先回りして動き続けることに、いっそう疑問を感じるようになりました。

私が夫のためにやめた3つのこと

だから私は先回りして行動することを少しずつやめていきました。

具体的にやめたことは、この3つです。

  1. 休日、いつ起きるか分からない夫の朝ごはんを用意すること
  2. 夫の部屋を掃除すること
  3. 夫の服だけをクリーニングに出しに行くこと

それまで私がしていたことやめると夫はとても不機嫌になりました。

夫は不機嫌になり、私は「意地悪だったかな」と思った

私が先回りしていたことを少しずつやめると、夫からは「ついでにやってよ」と言われることもありました。

このときの私は、

「子どものことも丸投げなのに、自分でできることは自分でやってほしい」

そう思っていました。

私にはもう、夫のために「よかれ」と思って動く余裕がなかったのです。

だけど、たびたび「ついでにやって」と言われると、

「意地悪なことをしているのかな」

「私の選択は間違っていたのかな」

と、不安になることもありました。

「掃除するついでだし」

「これくらいならいいかな」

そう思って、結局やってしまうこともありました。

自分で決めたはずなのに、どこまでやめていいのか分からなくなっていたのです。

家事の負担は減った。でも、心はすぐには楽にならなかった

実際、夫への「よかれ」をやめたことで、家事の負担は減りました。

だけど、気持ちまで楽になったわけではありません。

私は、自分でできることは自分でやってほしいと思っていました。

それなのに、夫が不機嫌になると、その空気に耐えられなくなってしまうのです。

「もう先回りするのはやめよう」

そう決めたはずなのに、いざとなるとNOが言えない。

夫の不機嫌がしんどい。

だけど、自分で決めたことが曖昧になってしまうのもしんどい。

家事の負担は減ったのに、私は相変わらず夫の反応を気にしていました。


▼夫のための家事だけでなく、自分の時間を優先しようとしたときにも、私は同じように葛藤していました。自分のために時間を使うことに罪悪感を覚えた、当時の気持ちをこちらの記事に書いています。

夫に期待をやめた私が、最初に感じた罪悪感
自分らしくいようとするほど感じてしまっていた罪悪感。その背景には、相手の機嫌を気にしすぎていた私がいました。 夫に期待するのをやめ、自分を後回しにしないと決めた過程を書いています。

まとめ|夫のために何をするかは、私が決めてもいい

私は、夫のために何かをすることが嫌だったわけではありません。

ただ、私がすることを当たり前だと思ってほしくなかったのです。

今振り返ると、夫にとっては、それまでしてもらっていたことが急になくなったのだから、戸惑いや不満があったのかもしれません。

不機嫌になった気持ちも、分からなくはありません。

だけど、だからといって、私が先回りして世話を続けなければならなかったわけではありません。

そして、夫が不機嫌になったからといって、その機嫌を私がなんとかしなければならないわけでもありません。

当時の私は、夫の態度が気になるたびに、自分の決断が揺らいでいました。

でも今は、相手が不機嫌になったからといって、自分の選択が間違っていたとは限らないと思っています。

相手のために何をするのか、どこまでするのか。

それは、相手の反応だけで決めるのではなく、自分の気持ちも大切にしながら決めていいことだと思うのです。

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